| 1月 7日(金) | 乾坤一擲
去年の暮、天皇陛下77歳の誕生日の会見だった。「クニマス」が70年ぶり発見されたのは「さかなクン」らの力によるものだと突如「さかなクン」の名前を出されたのだ。一瞬、何のことだろうと思った。「さかなクン」というのはさかなの帽子をかぶったあのタレントの?それがどうして天皇陛下からその名前が出たのか。門外漢には何のことなのかわからない。翌朝、テレビは「さかなクン」の「感慨無量・ギョロギョロ」会見で大騒ぎとなった。「クニマス」の発見のきっかけを作ったというのだ。「魚マニアのタレント」というイメージで、軽くあつかわれているが、どうしてどうして東京海洋大客員准教授の肩書きを持つ。イラストレーターでもある。その「クニマス」発見は、京都大学の中坊徹次教授が「クニマス」のイラストを「さかなクン」に依頼したことがきっかけだったのだ。この「クニマス」は秋田県の田沢湖に1940年頃まで生息していた。絶滅したのはその田沢湖を利用して水力発電所が建設され、酸性の強い水が大量に流れた。「クニマス」などの魚は絶滅した。今なら環境問題として大きく扱われるところだ。戦時体制のまっただなか。まったく還りみられない。70年もたって、山梨県の西湖で発見された。これはもう、大変なことで、その道の研究者でもある天皇陛下もおおおいに感動されたのだ。「クニマス」のイラストを描くために、その「クニマス」の近縁種といわれる「ヒメマス」を全国からとり寄せた。このあたりが「さかなクン」の非凡さだ。西湖から届いたものの中に「クニマス」に似た魚がいると「さかなクン」は気がついた。やはりこれが絶滅したと言われていた「クニマス」だったのだ。「さかなクン」の貢献はちょっとしたきっかけだったのではない。京都大学でも「クニマス」の研究を続けて来た様子はない。だから、その大学のスタッフでも何でもない「クニマス」のイラストを依頼された「さかなクン」が発見者だといってもいいのである。「さかなクン」は小学生の時から魚に興味を持っていた。まわりが漁師などの漁業関係者ではない。父親はプロの囲碁士である。水産関係の大学を受験するも失敗。以後、独学である。マスコミへの売り込みはユニークだ。あのスタイル。大学の研究室ではそうはいかない。行動に制約はない。イラストも専門はだし、魚の料理もプロ級。「さかなクン」が朝日新聞に投じた「いじめ」に関するエッセイは大きな反響を呼んだ。人間のいじめも魚の世界に似ている。群がるメジナを狭い水槽に入れておくといじめが始まる。仲間はずれにするのだ。ところが大海原ではこんなことはない。だから、人も狭いところでうじうじしないで、みんな広い海へ出よう。こいう内容の「いじめ」に関するエッセイだった。魚を知り尽くしている「さかなクン」ならではのわかりやすい文章の「いじめ対策」提言が評判になったのだ。「さかなクン」の存在は、教育とは何かという問題に一石も二石も投じたといっていい。さらにこの大発見のことを、「さかなクン」の功績だと、国民の前でお話になった天皇陛下の平成22年の誕生日の会見は、皇室と国民との距離を一段と身近に感じさせるすばらしい会見だったと思うのだ。 |
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