| 11月 8日(金) | 乾坤一擲 青葉区版367/都筑区版186号
今年のプロ野球日本シリーズは巨人と楽天。対照的な球団で、日本でプロ野球が生まれた時からの老舗と、創立9年目のまだ「ひよこ球団」。シリーズが始まると球界の大重鎮・川上哲治氏の悲報が知らされた。93歳。このシリーズの最中の28日に帰らぬ人となった。終身打率3割の大打者で、9年連続日本一の大監督だった。戦後、娯楽もない、ものもない時代、田んぼや空き地でやる野球というゲームには日本中の少年たちが夢中になったものだった。そのころのスターは川上、大下、青田。テレビはないから情報はラジオの実況放送。九州の田舎では球場で観戦する機会はない。子供たちは、昼間、あちこちから聞えるラジオの放送を聞きながら空き地で野球に夢中になっていた。川上さんは「打撃の神様」と言われていた。川上さんのバットは赤く塗ってあって、「赤バット」にするとヒットが打てると信じてペンキで赤く塗ったものだった。小紙は熊本。川上さんとの唯一の接点はその熊本だった。川上さんの出身地・人吉には親戚があった。風の便りによると川上さんの生家跡にはあちこちから野球少年たちが集まってきて玄関の柱をなでて帰るのだそうだ。その御利益は、必ずヒットが出る。これを聞いたら行かない訳にはいかない。トンネルが無数にある肥薩線。鼻の穴を真っ黒にして勇躍・川上邸へ。西人吉駅から歩くと同じような野球少年たちが同じ方向に向かって歩いていた。昭和27年頃の話である。昭和57年、つかこうへい脚色、深作欽二監督、松坂慶子主演の「蒲田行進曲」にこの人吉が出てくる。脇役の平田満の故郷という設定である。妙なめぐりあわせから松坂慶子と夫婦になることになり故郷へ凱旋するのである。そんなこんな、巨人と楽天との日本シリーズの最中に川上さんが亡くなった。楽天の星野監督と川上さんとは縁浅からぬ仲で、明治大学の星野仙一投手は巨人がドラフトで一位に指名するという密約があったのに、巨人は「島野」を指名。星野は怒った、「島」と「星」とを取り違えたのではないか?その時の巨人監督は川上哲治である。星野は、巨人を追われ、中日の監督に招聘された水原茂に指名される。それから星野の逆襲が始まるのだ。ほかに負けても巨人だけには負けない。そんな星野が野球人として一番信頼することになるのが川上哲治氏だった。NHKの野球解説で一緒になった。凄い野球のセンスだ。野球以外の知識も豊富。禅にも精通し、いろんな本も読む。野球に対する厳しさは想像を上回る。ドラフトで巨人から裏切られたと思っていた己の器の狭さ、川上哲治氏へ傾倒していく。その恩師の前で、巨人を破る、それを見せたかったに違いない。星野仙一楽天ゴールデンルデンイーグルス監督の背番号、77は、川上哲治V9監督の背番号だったのだから。
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