| 4月17日(金) | 乾坤一擲 青葉区版384号
NHKの番組を何気なく見ていたら、日本で活動しているアメリカの若い歌手を紹介していた。それも日本の歌を日本語で上手に歌い、自分のライブで綺麗な日本語を使う。大変な人気なのだという。ニコラス・エドワード君、23歳。高校生の時日本語に魅せられた。日本語のスピーチコンテストで優勝し日本にやってくる。日本語の本格的な訓練が始まった。歌手も目指していた。歌は日本の歌を勉強する。スタジオに登場すると、何とスラリとした美男子なのだ。ライブの録画が出る。おっかけは中年のご婦人たち。ステージが終わるとそのお礼のご挨拶がこの方々をしびれさす。「本日はお足元の悪いなかお越しいただきましてありがとうございました」と自然に言葉が出る。こういう日本語がタイミングよく出てくるのだ。あらためて綺麗な日本語を素直に使うアメリカの若者に感心する。「マジかよ」「うぜえ」「やばい」「ヤベエ」「キモイ」など簡略化された瞬時に表現する言葉が日本の若者達の間では主流。さらにITの世界ではそんな尊敬語、謙譲語、丁寧語を使ってメールなどしない。綺麗な日本語は、われわれのような戦中・戦後生まれの世代でも日常そんなに使わない。北陸新幹線で東京から金沢まで3時間の時代である。高速道路の整備が進んだ。圏央道やさがみ縦貫道を使うと、さいたま市を出て江ノ島で白魚料理を食べてゆっくりして帰ることが出来る。情報の収集手段だった旅の移動スタイルが変ってしまったのだ。言葉を使う手段も変遷する。その旅の移動に便利な車に乗って伊豆の修善寺に行って来た。ここも道路の整備が進みあまり混まなくなっている。文豪・夏目漱石とのかかわりも有名だが、鎌倉幕府の源頼朝の一家の悲劇の地として重々しい歴史のあるところだ。富士の裾野での曽我兄弟の仇討ち事件は頼朝の鷹狩りの最中だった。頼朝が暗殺されたようだという情報が流れた。それを弟の範頼が政子にうっかり「あなたには私がついている。心配しないでいい」と言ってしまった。帰って来た頼朝はそれを聞いて激怒。修善寺に幽閉し自刃させる。二代目の頼家は父亡き後、母の実家北条家との騒動に巻き込まれこの修善寺に幽閉され殺される。23歳だった。源頼朝をめぐる歴史の大舞台の一部がこの小さな温泉郷・修善寺で展開されているのだ。当時の人たちが鎌倉からどういう手段でこの地にやって来たのか。情報がもたらされるのは人から人へ。自分が得た情報が果たして正確なものか。貴重な情報は人の心を読むということだった。今は情報が一瞬にして広範囲に広がる。ある面便利だが人間の存在は小さくなる。エドワード君の丁寧な日本語は高度情報化時代の日本人にチクリと警鐘を鳴らしている。信州大学の入学式で、「あなたはスマホやめますか?信州大学やめますか?」という総長の問いかけも話題になった。戦後70年、じっくりとここで日本人を見直す機会が来たようである。
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