丹下左膳

昭和10年の映画、大河内伝次郎・「丹下左膳」を観た。山田洋二100選。主演の伝次郎は30代前半。動きに驚いた。片目、片腕は右。左手一本で動き回る。運動神経がいい上に無駄が無い。さらりと自然にやってしまう。今の俳優さんには出来ないだろう。当時の日本人の身体能力はこうだったんだ。

左膳の殺陣 動き玄妙 冬深し      無得流俳句  無得庵是空
写真 本多青仁斎靖邦のひとり稽古     菩提亭写多・撮影

平成24年12月16日
至道無難 山波平九朗

やっぱりひとり稽古

稽古の前、1時間ばかりひとり稽古をする。模擬刀を無心に振るだけ。いくつかの決めた型がある。特に下半身に重点を置いて黙々と。これがいいようだ。相手が要らず、畳もなくていい。狭いところでも大丈夫。武術的な身体を蘇らせる。

力抜き 枯れた技なり 冬の草      無得流俳句  無得庵是空
写真 本多青仁斎靖邦の演武         菩提亭写多・撮影

平成24年12月13日
至道無難  山波平九朗


武術は自得するもの

合気道は生涯かけてやるもの。競技武道ではない。そのためには常日頃から正しい動き、無駄の無い身体の使い方を身に付ける。そうするための稽古を工夫する。これはもう理屈ではない。

枇杷の花 覗く道場 四方投げ      無得流俳句 無得庵是空
写真  演武会の本多青仁斎靖邦       菩提亭写多・撮影

平成24年12月11日
至道無難 山波平九朗


武芸十八搬

歌舞伎の中村勘三郎が逝った。57歳。惜しい。歌舞伎という芸の世界ではこれからだった。電気の無い時代、昼は歌舞伎で、夜が落語だった。両方とも芸の追及には心血を注いだ。舞踊や謡曲など色んな芸事に打ち込む。芸に深みが出るのだ。武術もよく似ている。昔は武芸といった。十八般もあり全てをやって一人前である。

範とする華麗な動きや冬日陰       無得流俳句  無得庵是空
写真  本多青仁斎靖邦の演武         菩提亭写多・撮影

平成24年12月8日
至道無難 山波平九朗

福沢諭吉の立身流

慶応大学の創始者福沢諭吉は晩年居合道を老いの身の健康法だとして庭で1000本の数抜きをやっていた。豊後大分の立身流の型の手ほどきを受け、時間があれば振っていたのだという。特に坂本竜馬が暗殺されると、今度は私が狙われるといって刀は放さなかった。あの「学問のススメ」がですぞ。武道はやはり日本の誇るべきモノである。

武術的な 動きは自然 枯尾花       無得流俳句 無得庵是空
写真 演武会の本多青仁斎靖邦         菩提亭写多・撮影

平成24年12月6日   
至道無難 山波平九朗 

若さは合気道で蘇る

合気道は、お子さんを体験に連れて見えると親御さんにも必ず勧める。「えっ!」という顔をされるが、入るとこれが大変熱心なのである。柔道や剣道などを想像され、とても出来ないと判断されるからだろう。やると簡単な動きに意外な奥の深さがあることに気がつき、日本人として武道の世界は何か故郷のようなもの、感じるのかもしれない。

日短かやきらりと光る抜刀術       無得流俳句  無得庵是空
写真 演武会での本多青仁斎靖邦の抜刀術   菩提亭写多・撮影

平成24年12月5日
至道無難 山波平九朗

重厚さ

稽古はVTRを撮っておく。自分の動きをチェックするためだ。ちょっとしたことでもおろそかにしない。武道の動きがあるのだ。身体の動き、己の動作には人格がでる。やはり武道をやっているのだから重厚さが育たなければ意味が無い。鋭さよりゆったりとした静かなものが求められる。

正面打ちかわしてさばき初時雨     無得流俳句  無得庵是空
写真 演武会での本多青仁斎靖邦      菩提亭写多・撮影

平成24年12月3日
至道無難 山波平九朗

右脳・左脳

武道は右の脳を活性化する。右脳は動物的。子供はこの脳が発達している。左は論理的。成長するに従って左が発達する。よけいなことを考え右の脳は衰退する。心も身体も硬化する。そこで武道である。若返るということだ。

繰り返す 武道の稽古や 帰り花    無得流俳句  無得庵是空
写真 演武会の本多青仁斎靖邦       菩提亭写多・撮影

平成24年12月1日
至道無難  山波平九朗

斬る

去年は抜刀術はやらなかった。今年はやってみることにした。緊張する。巻きわらを斬る、これは簡単ではない。真剣なので、それを振り回すというのは普段そうそうできるものではない。これまで行っていた道場はアメリカで開くとなって閉鎖。今回は、独自の抜刀術を考えてやってみた。映像を見て、反省点多々有り、未熟さを痛感。

道場にかかる西日や冬はじめ      無得流俳句 無得庵是空
写真 本多青仁斎靖邦の抜刀術       菩提亭写多・撮影

平成24年11月30日
至道無難 山波平九朗

道場創設日

勤労感謝の日が青葉塾道場の創設日。1972年である。道場開きが翌年、2月3日。年がまたがってしまい、青葉塾道場のスタートの年をどちらにするかで周年が1年違ってくる。この1972年を創立日にすると、今年は40周年なのだ。どこかで調整しなければ…。

道場のスタート勤労感謝の日       無得流俳句  無得庵是空
写真 演武会での本多青仁斎靖邦      道場 報道班撮影

平成24年11月26日
至道無難 山波平九朗
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